東京高等裁判所 昭和32年(う)2690号 判決
被告人 鈴木弘
〔抄 録〕
昭和三十一年二月十五日東京電力株式会社伏田発電所において、同所備付の第一号発電機の分解修理工事(リード線取替工事)が施行されたこと、同工事は、発電機のローター(廻転部分)を停止して施行する必要があり、これがためには流水を遮断し、その水圧を水車(ランナー)に作用させない措置が必要であつたこと、右遮断のためには、その目的のため設けられている圧力鉄管の上部の制水門(ゲート)同下部の主弁(バツターバルブ)及び導水施設(ケーシング)から水車に入る水量を制御する案内弁(ガイド弁)を閉鎖する必要があつたのであるが、本件施行の当日は、他の工事のため制水門及び主弁は既にその前夜閉鎖されていたので、案内弁を閉鎖しローターを停止させて作業を開始したこと、その後作業上必要のためローター及び水車を起重機でつり上げるや、ローターが突然回転をはじめ、当時発電機内に在つて作業中の本件被害者二名をそれぞれ死亡または負傷させるに至つたことは本件において争ない事実である。しかして、右起重機によるつるし上げに因つてローターが廻転するに至つたのは、右制水門並びに主弁ともに設備の性質上漏水の絶無を期し難く、従つて、前記水車の外側にある案内弁を閉鎖しても主弁と案内弁との間にあるケーシング内には溜水があり、上部からの漏水によつてケーシング門の水圧が加わり、案内弁から水車内に漏水し、水車に若干の水圧が加わることも避け得ないのであるが、通常の場合では、ローター及び水車の重量による推力軸受(スラスト、ベアリング)における摩擦低抗のため水車の廻転を惹起することはない。しかしながら、本件においては起重機によつてローター及び水車をつり上げたので、その摩擦抵抗はないと同様になり、普通の状態のときの何百分の一の少量の水力で水車が回転を始める可能性を生じたところに、その原因があることは、原審並びに当審証人兼子良三の証言によつて明らかである。
以上の状況によれば、本件事故の原因は結局流水の水圧を完全に遮断しなかつた点に存すること明らかであり、その方法としてはケーシング内の溜水を外部に放流するため設けられたケーシングドレン弁を開披し、溜水を生じないように措置すれば完全であることは前記兼子良三の証言によるも明らかなところである。
然らば本件工事を施行する者が、若し、工事施行に前記起重機によるつるし上げを要する本件の場合において、制水門、主弁、案内弁を閉鎖するのみにては足らず、更にケーシングドレン弁を開披しなければ安全を期し難いことを知り、その措置をとれば、本件事故の発生を見るようなことがなかつたことは明らかであり、若し、工場施行に過誤があつたとすれば、ケーシングドレン弁を開披しなかつた点に存すると認むべきである。
原判決は右ケーシングドレン弁の不開披について被告人の業務上過失の責任を問うているのであるが、果して同被告人に過失として責むべきものがあるかという点について考察する。
被告人は東京電力株式会社に機械技師補として雇われ、伏田発電所に勤務していたものであり、本件第一号発電機の修理工事については同発電所長山田惣兵衛から従業員十名位を指揮して該作業を遂行すべき作業責任者に指名され、その作業に当つていたものであるが、元来被告人は、農家の三男に生れ、小学校卒業後各地の発電所の双電機械工手となり昭和二十六年二月から伏田発電所電気機械技師補として勤務し、発電機の分解修理については終戦以降一、二年間に一回位の割合でやつては来たものの、固より発電機に関する高度な専門知識があるわけではなく、単に発電機の運転及びその分解修理等の機械的な作業に経験があるというに過ぎない。被告人の発電所における業務についても、その順序方法等は常に会社が文書により定めたところ、または従来の慣行により、或は、特に上司から指示された方法に従い、機械的にその作業に従事していたものであつて、被告人独自の判断により仕事の順序方法等を決定する地位にあるものではなく、本件第一号機の分解修理作業についてもその作業計画の立案者は同発電所長山田惣兵衛、作業班長阿部次郎であり、被告人は同人等によつて作業員の一組の責任者として指名されたに過ぎない。その実施すべき作業の順序方法は特に上司の指示命令のない限り従来の慣行または同発電所の所属する東京電力株式会社群馬支店から送付された作業基準票に従つて忠実に実施すべきことが要求されており、被告人において自由にこれを変えることは許されていない。右作業基準票によれば、発電機の分解修理の場合にケーシングドレン弁開披によるケーシングの抜水は要求されておらず(本件事故後このことを追加された)また、従来も本件程度の修理工事にあつてはケーシングの抜水を行わなくても、事故発生したことがないため、慣行としても右抜水は行われていなかつた。被告人としても、本件の直前、同じく同発電所にある第二号発電機について本件と全く同様の分解修理工事を同様の順序方法によつて実施したが、何等の事故も起つておらず、本件の場合にはケーシング抜水を行わないために事故が起きるとは思いもよらず、しかも前記作業基準票もそのことを要求せず、従来の慣行に従つて、ケーシング抜水を行わなかつた。しかして、右ケーシングドレン弁を開披しなければ、僅かな水圧で水車が回転する可能性があり、事故発生の危険があるということは、業界においても殆どその経験がなく、現に本件事故発生当初においては水車の廻転が何を原因とするかが判明せず、会社の調査検討によつて始めて前記の如く、起重機によるつり上げのための摩擦抵抗の減少がその原因であることが判明し、作業基準票にも爾後ケーシングの抜水のことが追加されたような訳で、被告人より遥かに高度の専門知識を有する作業基準を定めた上司、本件発電機の分解修理についての作業計画を立案した所長、作業班長さえも、ケーシングドレン弁を開披し、その溜水を排除しなければ本件のような事故が発生する危険があるとは思い至らなかつたことは明らかである。
以上のような事情を綜合して考えて見ると、被告人の如き、作業責任者という名を与えられてはいるがその実は単に機械的労働に従事する作業員に対し、電気機械についての高度の専門的知識を有する本件発電所の関係する幹部職員さえ全く予測しなかつた事態を認識した上、これが万全の対策を講ずべき注意義務を要求し、その責任を追求するが如きは、被告人に対し無理を強いるものという外なく、被告人に対し、原判決に判示したような注意義務を期待することは到底不可能といわざるを得ない。論旨は理由あり、原判決は破棄を免れない。
(加納 山岸 鈴木重)